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#3「パン屋の世界のルイ・ヴィトン『ポワラーヌ』三代目女店主から学ぶ、逆境を乗り越える秘密」

アポロニア・ポワラーヌってどんな人?

アポロニア・ポワラーヌ:パリで一番有名なパンの老舗「ポワラーヌ」を率いる三代目女店主。

フランス・パリのシェルシュ・ミディ通り。

こぢんまりとした通りに店を構える「ポワラーヌ」は、パンを愛する人々の間では知らない人がいないほど有名な老舗パン屋です。

例えるならば、「パン屋の世界のルイ・ヴィトン」。

1932年の創業以来、フランスの伝統に則った厳選素材の田舎パンを世界に発信し、国内のみならずヨーロッパ各地に店舗を展開してきました。

今回のマスターとなるのは、その三代目に当たる女店主アポロニア・ポワラーヌ。

2002年に両親を飛行機事故で失ったことにより、18歳の若さでグローバル・チェーンのトップに就任したアポロニアは、国外の大学に通いながら遠隔でパン屋を経営するという困難に挑戦します。

世界の注目を集める老舗パン屋のトップとして伝統を守り続ける重圧に耐えながら、彼女はどのようにして今の「ポワラーヌ」を作り上げてきたのでしょうか。

彼女の「成功の鍵」を探っていきましょう。

『ポワラーヌ』公式サイトへのリンクはこちら→https://www.poilane.com/en/

アポロニア・ポワラーヌ氏の「成功の鍵」

①家族と家族のビジネスと、それを支えるお客様への愛

大学入学前に両親が飛行機事故で他界、ハーバードに通いながらパン屋を経営する

2002年10月31日、今まで店を支えていた父親のリオネルと母親のイリーナが、突然の飛行機事故で亡くなります。

事故の二日後、亡き父の仕事部屋でポワラーヌのCEOに就任を果たした彼女は、当時まだ18歳。大学への入学を控えていました。

親族の反対を押し切り、ハーバード大学へ入学することを決断したアポロニア。

彼女が提出した出願書には、次のような文言が書かれていたそうです。

「数世代にもわたる家業が危機にさらされています。(The work of several generations is at stake.)」

見事ハーバード大学への入学を果たした彼女を待っていたのは、「マサチューセッツにあるキャンパスで大学の講義を受けながら、パリのパン屋を遠隔経営する」という過酷な試練でした。

周りの生徒たちがサークル活動や起業やら(驚くべきことに、同級生の一人にマーク・ザッカーバーグがいました)で青春を謳歌している中で、自分だけは家族の稼業のために身を削る毎日。

毎晩のように電話で経営会議を行い、毎週月曜にはパリからキャンパスへパンを直送、味と品質をチェックします。

噂はすぐにキャンパス中に広がり、アポロニアは友達にもパンを分け与え、彼らをもファンにしてしまいました。

店の至る所に息づく、家族との思い出

彼女が厳しい状況の中でも「ポワラーヌ」にために働き続けられた理由の一つは、「家族への愛情」にありました。

アポロニアにとって、「ポワラーヌ」は単なる店ではありません。

自分の祖父が創業し、父が世界に広げ、そして故郷で暮らす懐かしい人々たちとの思い出が詰まったお店なのです。

例えば、ポワラーヌの大人気のクッキー「Punition」(プニシヨン)。

フランス語で「お仕置き」を意味する言葉をクッキーの名前にしたその背景には、初代ピエールの子供時代の心温まるエピソードがあるのです。

それは、「お仕置きよ」と言って怖い顔でピエールを招き寄せた祖母が、恐る恐る近寄った彼に甘ーいクッキーをくれたという思い出。

このような「ストーリー」が、単なるパンやお菓子に「奥行き」を与え、ポワラーヌのブランドを形作っているのです。

「老舗」を支える力はどこから来るのか

年商1200万ポンドの規模へ発展を遂げた今もなお、アポロニアを支え続けているのは「先代への畏敬の念」と「品質へのこだわり」です。

だからこそ彼女は、あくまでも「地元のパン屋」というアイデンティティを守ることを選び続けます。

海外展開を行いながらも、ポワラーヌにとって一番大切な顧客は、小さい頃からアポロニアの成長を見守ってきたような地元の常連さん達であることに変わりはありません。

ブランドの品質を落としてまで、アジアや中東に進出しようというような野望は抱かないのです。

②禁欲的な徒弟修行を通して得た、自分の感覚に対する自信

フランス一の老舗「ポワラーヌ」のパン作りの指針とは

アポロニアをはじめ、ポワラーヌで働く職人達がパン作りにおいて一番大切にしていることは、「五感に自信を持つ」ことだと言います。

ポワラーヌはパン作りの際、温度計や電子秤、冷蔵庫の類を一切使いません。

その代わり、「手」を使って生地をこね、「目」で竃の火の温度を測ります。

パンが焼き上がると表面を指でノックし、音の響き具合を「耳」で聞いて仕上がりを確認します。

立ち上ってくる香りからイースト菌の発酵の具合を判断する「鼻」も、プロとして当然の資質です。

このように、機械に頼る代わりに五感を使って「全身で」パンを作り上げるのが、老舗「ポワラーヌ」の強みです。

「『パン屋の世界のルイ・ヴィトン』「ポワラーヌ」に学ぶ、世界一のパンを自宅で作る方法」の記事は、現在作成中です。しばらくお待ちください。)

批判に動じない精神力はどこから出てくるのか

「五感をフル活用する」ための厳しい修行をアポロニアが最初に経験したのは、まだ高校生、16歳だった時です。

五月休みでみんなが楽しく遊んでいる間、自分だけは師匠と一緒に「竃部屋」に籠り、目を刺すような熱気に耐えながら修行に打ち込む毎日。

9ヶ月にわたる最初のレッスンを終え、師匠を前に実演を行う試験を突破した後のアポロニアは、以前の彼女とは違う人間になっていました。

18際の若さでCEOに就任した後、アポロニアは様々な場面において自分の判断に信頼を持てない場面に遭遇します。

周りには、ビジネスの点では自分よりはるかに年齢と経験もある大人ばかり。彼らは、アポロニアが若いことを理由に、上から目線でアドバイスをしてくることもしばしばです。

そんな時彼女は、心の中でこう言い返していました。

「じゃあ、あなたはパンを作れるの?」

どうやってパンが作られているのかを知らないような人間の意見に屈するようなことは絶対にしない、そのプライドこそが彼女の強さの源泉となったのです。

老舗でも、新商品を作り続ける

アポロニアは、パン職人としての確実な自信をもとに、新商品の開発にも意欲的です。

例えば、グルテンフリーの「コーンフラワーブレッド」の開発。

100%トウモロコシの粉でパンを作るという試みは今までに前例がありませんでしたが、ハーバードを卒業する頃にこのアイデアを思いついた彼女は、亜麻仁やオートミルクなどを用いて見事レシピを完成させました。

もちろん、このような「余裕」は、本業における圧倒的な自信があってこそ。

アポロニアは完成したパンが並ぶ棚を見ただけで、誰がどのパンを作ったのかが一瞬でわかってしまうそうです。

③父から受け継いだ「パン作り」への情熱と使命感

父から娘へ、「三代目」への継承が上手くいった理由

アポロニアの父親にあたる二代目のリオネルは、ポワラーヌの急速な世界展開を実現した実力者でした。

パンに対する情熱は人一倍強く、おいしいパンの作り方に関する古今東西の本を千冊以上集めて読破したという話も残っているくらい。

時代を席巻した芸術家サルバドール・ダリのために「パンでできた部屋」を作ったのも大きな話題を呼びました。

そんなリオネルは、57歳になった時点で早くも引退の計画を練り始めます。

その引退計画の主眼にあったのは、三代目のアポロニアへの家業の継承。

毎週のように父と娘で小麦畑へのフォールドトリップに出かけ、パリ市街をバイクで走りながら、今までポワラーヌが直面してきた挑戦や、それをどうやって乗り越えたか、今までに出してきたアイデアを娘に伝えたそうです。

そんなリオネルは2002年、57歳の若さで世を去ります。

まるで自らの死期を予見していたかのようです。

「パン作り」はこんなにも奥深い

父親のリオネルからパン作りへの「情熱」をしっかりと受け継いだアポロニア。

彼女が語る「パン作り」は、「アート」と「サイエンス」の融合です。

パンをこねる時には、生地の中に住んでいる細菌の活動と、こねているパンの内部の分子構造に常に注意を払いながら作業を進めていきます。

彼女にとってパンは「生き物」であり、周囲の環境の温度や湿度のちょっとした変化にも大きな影響を受けます。

実はその「どんな環境の変化にも敏感に対応する適応力」を得ることこそ、9ヶ月の徒弟制度を終えたその先に待ち受ける、何十年経っても完成しないパン屋の修行の道筋なのです。

フランス語でパンを「pain」と書きますが、これは英語で「pain(痛み)」と同じ綴りです。

アポロニアはこの偶然の一致に意味を見出します。

「パンを作るのは重労働に他なりません」

しかし、と彼女は続けます。

「できたてのパンに齧り付く時ほど、幸せな瞬間は私にはありません。(There is nothing that makes me happier than biting a fresh piece of bread.)」

フランス人にとって「パン」とは何か

日本人の主食となっている米。

フランスでそれにあたるのが、「パン」です。

トーストするだけがパンではありません。

古くなってしまったパンを砕いて、クルトンやグラノーラだって作れてしまいますし、パン粉として再利用すれば用途は無限です。

日本でもおなじみ「フレンチトースト」のことを本場フランスでは「Pain Perdu(パン・ペハデュー)」と言いますが、これは「失われたパン」、すなわち要らなくなったパンのことを指します。

古くなったパンを蘇らせるための知恵、それが、「卵と一緒に火にかける」というフレンチトーストの発想の原点だったのです。

振り返ってみれば、初代のピエールは、バゲットをはじめとする高級な白パンが流行した30年代に、あえて長持ちして低所得層のニーズを満たす伝統的なパン「サワーダフ」にこだわることで、「ポワラーヌ」のブランドを確立しました。

今やフランス人のパン消費の1パーセントを支える量のパンを日々生産するポワラーヌは、フランス人の食生活を文字通り支えています。

「パンは遥か昔から人々の生活を支えてきたし、これからも支え続けるの」

その自覚から自然と湧いてくる使命感こそが、アポロニアの心の中の「竃」の火を燃やし続けています。

まとめ

さて、以上の三点をまとめましょう。

1、家族と家族のビジネスと、それを支えるお客様への愛

2、禁欲的な徒弟修行を通して得た、自分の感覚に対する自信

3、父から受け継いだ「パン作り」への情熱と使命感

アポロニア・ポロワーヌからの最後の一言

全てを忘れてしまった時は、「五感」に戻ってきなさい。

それが、パン作りにおける「ポワラーヌ・スピリット」です。

自己変革への第一歩

1、家族との関係を振り返り、感謝してみる

あなたの周りにいる家族。

良い思い出も、悪い思い出もあるでしょう。

でもそうした様々な経験を与えてくれた家族という存在に、一度感謝してみてはいかがでしょうか。

「家族」という、自分の立脚点を明確に意識することで、新たな視点で物事を観れるようになるかもしれません。

2、禁欲的な姿勢で仕事に打ち込んでみる

どんな分野においても、ある程度の業績を上げるためには、禁欲的な修行の期間が必要です。

たとえ無駄に見えたり、格好悪く見えたりするような努力でも、続けていって一定の境地に達することで、「揺るがない自信」が生まれます。

厳しい師匠に弟子入りした気分になって、禁欲的な姿勢で仕事に打ち込んでみましょう。

辛くなった時には、パン屋の竃でパンを火にくべ続けた16歳のアポロニアの姿を思い出してみるのも良いかもしれません。

3、自分のやっている仕事がなかったら、社会がどうなるかを考える

あなたがやっている仕事が、もし明日の世界から消えているとしたら、世界はどうなってしまうと思いますか?

複雑極まる経済構造で成り立つ現代社会は、誰か一人が仕事をしないだけで大変な事態に陥ってしまいます。

ポワラーヌのパン職人たちは、地元の人々と世界中の人々のためにパンを焼き続けます。

自分の仕事がつまらない、面白くないと思っているあなたも、本当は彼らと同じくらいかけがえのない価値を、毎日世界に提供し続けているのではないでしょうか。

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